「行政対住民」ではなく
「人と人との付き合い」を
桝谷 有吾
2020年、国土交通省が倉敷市真備町の小田川堤防に大きな看板を掲げた。「小田川付替え R5完成予定」。いつまでに何ができるのか、みんなに分かるように。文言は住民と一緒に決めた。
災害復興における国土交通省の仕事は地域を良くすること。その主役は住民だ。「行政対住民」ではなく「人と人との付き合い」を徹底して心がけた。住民が望むことをどうサポートし、インフラ整備を進めるか。国の考えや計画がちゃんと伝わるように発信の仕方も工夫した。
真備の人たちの情熱とパワーを感じ、本音で語り、協力して復興に取り組んだ2年間。自分は何のためにこの仕事をしているのか、より明確になった。家族で地域に溶け込み、価値観も変わった。真備は第二の故郷。特別な場所になった。
厳しい言葉を自身への戒めに
忘れられない言葉がある。着任してまもなく、地域で治水対策プロジェクトを説明したときだ。参加者の一人が言った。
「安全になるのは5年後なんでしょ。あなたたちのことはあてにしない。工事が終わったら黙って出ていってもらっていいですから」。行政への不信感が伝わってきた。
過去に何度も水害に見舞われてきた真備では、小田川合流の付け替えが長く重要課題だった。ようやく治水事業が認可され、2018年秋の工事開始が決定。だが間に合わなかった。7月6日、小田川は氾濫し、まちは濁流にのまれた。
「もっと早く行政が治水工事を進めてくれていたら」と思う人たちがたくさんいる。この先、その自覚で仕事をしていかなければ。厳しい言葉を自身への戒めとした。
国交省は敵じゃない
一人で各地区へ出かけ、困っていることやニーズを聞いて歩いた。コミュニティーを支える活発な女性たちと顔見知りになり、少人数の集まりに呼ばれて話をする機会が増えた。「国交省は敵じゃない」という認識が広がり、徐々に理解し協力しあう関係ができていった。
「住民の皆さんが前面に出て、やりたいことをかなえる。私たち行政はそこにうまく連携させてもらって、一緒にやらせてもらった。真備の皆さんの素晴らしい取り組みを今後も継続しつつ、全国に発信してほしい。国などの行政機関は情報や制度を整えますが、いざというとき、頼りになるのは隣近所であり、地域であり。そのコミュニティーが残っているのも真備の良さ」と話す。
「子どもは宝」
家族にとっても真備は温かい記憶。みんなにやさしく親切にしてもらった。今も地元の人たちとの交流は続く。今春はタケノコが届いた。妻も真備で知り合った人たちとSNS(交流サイト)でやり取りを続ける。
東京での子育ては、窮屈さと隣り合わせ。「子どもは宝」という真備では、のびのびと安心して子どもと暮らすことができていた。東京に戻ってから、大人が子どもを守っていかなければと、より強く感じる。
今夏、真備への“里帰り”を計画中。懐かしい人たちに会えるのを家族全員が楽しみにしている。