ケース1

再び水害に見舞われても
命が助かる住まいをつくりたい

チームサツキ代表

津田 由起子

Yukiko Tsuda
Profile
医療ソーシャルワーカーとして病院に勤務後、1996年に宅老所「ぶどうの家」を設立。介護保険制度スタートに合わせ、デイサービスなどを展開。2007年、小規模多機能型居宅介護事業所となり、現在は倉敷市の船穂町地区と真備町地区で運営。チームサツキは、20年度の総務省消防庁の「第25回防災まちづくり大賞」で消防庁長官賞、21年に内閣府の「防災功労者内閣総理大臣表彰」を受賞した。総社市在住。1964年生まれ。

 幅約1メートル、長さ約30メートルの緩やかなスロープが2階へとつながっている。「サツキアパート」の愛称で親しまれている倉敷市真備町箭田の共同住宅。日頃、入居者や近隣住民らの交流の場になっている2階のコミュニティールームは、水害時には“避難所”に姿を変える。車椅子の人もスロープを使って逃げ込めるのが特長だ。
 西日本豪雨が起きた日、真備町地区で亡くなった人のうち65歳以上の高齢者が9割近くを占め、垂直避難ができずに命を落とすケースが目立った。
 再び水害に見舞われても、命が助かる住まいをつくりたい―。そんな思いが、高齢者らの避難に配慮したアパートづくりにつながった。

スロープの建設が進むサツキアパート

 旧真備町花のサツキにちなみ、2019年に建築士、公務員、防災の専門家らと市民グループ「チームサツキ」を立ち上げ、プロジェクトが始動。1階が浸水した建物を借り受けリフォームし、20年6月に完成した。
 真備町地区には被災した後も「住み慣れたこの地で暮らしたい」と話す高齢者が多く、アパートには現在、寝たきりの妻の介護をする夫、20代の男性ら7世帯が生活している。

スロープを使ってアパートへ戻る住民

日常と非日常をつなぐ仕掛け

 きっかけは、豪雨による1人の高齢者の死だった。代表を務める小規模多機能ホーム「ぶどうの家真備」(真備町箭田)の利用者が、1人暮らしの自宅で亡くなった。そのことが心に重く残り、被災後、地域防災の専門家を招いた勉強会などに通った。そこで実感したのは、「垂直避難ができ、安心して逃げられる場所が身近にあれば命は助かる」ということだった。
 サツキアパートは隣り合った2棟を整備。非常時は2階のベランダ同士をつなぎ、行き来できるようにしている。コミュニティールームが満員になれば、住民らが自分の部屋を開放し、避難所として活用する。入居時の約束だ。
 ハード面の整備だけでなく、避難の心理的なハードルを下げる工夫もしている。避難所となるコミュニティールームを日頃から近隣住民らに開放しているのは、「知らない人ばかりだと不安」といった理由で避難をためらうのを防ぐためだ。
 “なじみの場所”にするため同ルームでは週1回、ラジオ体操教室を開く。10人ほどの入居者や近隣住民が集い、体操後はお茶を飲みながら楽しくおしゃべりする。「知り合いがいると思えば、避難しやすい。日常と非日常をつなぐ仕掛けが重要なんです」

コミュニティールームでその役割を話す津田さん

「マイ・タイムライン」で顔の見える関係を

 いつ、どこへ、誰と、どうやって避難するのか―。自力で避難するのが難しい人向けに、災害時の行動指針となる「マイ・タイムライン(個別避難計画)」の作成にも力を入れている。本人や家族、福祉事業所、近所の人を一堂に集め、避難支援やそれぞれの連絡先など、事前に準備すべきことを時系列で整理する。これまで、運営するホームの利用者約20人分の計画を作った。
 計画づくりは、関係者の日程調整が難しく、近所の誰に声をかけるかといった課題もある。しかし、「計画の項目を埋めるのが目的ではない。大切なのは、タイムライン作成を通じて、顔の見える関係を築くこと」と言う。互いに声をかけ合い、支え合う関係ができれば、いざという時に大きな力になると信じている。

「ぶどうの家真備」に整備した高さ4メートルの鉄骨製避難タワー。利用者や地域住民の緊急避難場所として活用する

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