誰かのために。
その思いが全国3883校の頂点に導いた
今井 拓人
「真備の誇り!」「真備魂を見せてやれ!」。全国高校サッカー選手権の決勝前夜、故郷の友達のエールに力づけられた。決勝本番、国立競技場の大声援が、疲れきった自分の足を前へ前へと動かした。「誰かを思って戦うことで、自分とチームは何倍も強くなった。全国3883校の頂点に導いてくれた」と振り返る。
被災直後、全壊した家を前に泣き崩れた母の姿を今も忘れない。生活の再建を最優先すると心に決め、数カ月、サッカーから離れた。その後、あきらめかけた夢を追いかけることができたのは、応援してくれた家族や仲間のおかげだ。
初戦から東京で応援し続けた両親は「最高の思い出をつくってくれてありがとう!」と喜んだ。うれし涙を流す母を見て、幸せだった。
ピッチでは足の痛みを忘れた
実は選手権前の練習試合で利き足を負傷。翌朝、激痛で号泣した。「試合に出られない。もうダメだ」と心が折れかかった。1回戦、テーピングと痛み止めの注射や薬で強行出場。本来の調子からは程遠かったが、最後までどうにかプレーすることができた。その後も痛み止めを使いながら決勝までスタメンでフル出場。ピッチに出ると応援に力をもらった。90分だけ痛みを忘れることができた。
自分のためだけのサッカーだったら、頑張り切れなかったかもしれない。声援に込められた思いを感じて戦うことが、自分を成長させた。
とりわけ部活で同じ時間を過ごした3年生への思いは強い。「本当は出場メンバーに入りたかった。試合に出たかった。むちゃくちゃ悔しい気持ちを乗り越えて、声を枯らして僕らを応援してくれる。あいつらのために絶対にあきらめない、負けられない。レギュラー全員がそういう気持ちだった」
多くの人の喜びが、自分の喜びに
優勝決定後、表彰式やインタビューを終えて競技場を出ると、真備の友達が待っていた。「ついにやったな!」「おめでとう!」。肩を抱き合って写真を撮った。「電車の時間に遅れる」と急ぎ帰路に就く背中を見ながら、うれしさがこみ上げた。
岡山に帰ってからは、通学路や駅、商店街、いろんな場所で声をかけられ「おめでとう」「ありがとう」と笑顔を向けられた。自分たちの優勝を、こんなに多くの人が喜んでくれる。それが自分の喜びとなった。
助け合う大人が頼もしかった
高校3年間、部活を終え、最寄りの清音駅に着くのはいつも夜9時半を回った。そこから自転車で家へ。最初の頃は真っ暗だった視界に、ぽつぽつと家の明かりが増えていった。
「だんだんと以前のような風景に戻っていくことがうれしかった。地域の大人が助け合っている様子が頼もしかった。自分も、自分にできることを率先してやらなきゃと思った」
地域で、学校で、学んだ「利他の心」。その集大成が全国優勝という大きな夢をかなえた原動力だった。