ケース10

備えることの大切さ、乗り越える勇気
絵本と歌で継承する

おはなしのWA♪

Profile
東日本大震災を受け、2011年4月に発足。18年の西日本豪雨災害を題材にした絵本「ブラザーズドッグ」を発行した。この絵本を用いた子ども朗読録音会を実施し、朗読の楽しさと防災の大切さを伝えている。22年秋から、国立病療養所邑久光明園(瀬戸内市)発行の機関誌「楓」の朗読ボランティアも引き継ぎ、ハンセン病問題の啓発活動にも力を入れている。

 ある年の夏、チョコがとつぜん天国へ行ってしまうという悲しい出来事がありました―。5年前、倉敷市真備町地区を襲った水害をテーマに描かれた絵本「ブラザーズドッグ」の冒頭の一コマだ。
 主人公はあの日、真備町地区で被災したロングコートチワワの兄弟犬、チョコ(兄)とミルク(弟)。命を落としたチョコは絵本の中で1日だけ天国から戻り、被災した動物たちと交流しながら、日頃の備えや前を向いて生きることの大切さを伝えていく。
 2019年7月、元山陽放送の女性アナウンサー6人の朗読グループ「おはなしのWA♪」が制作した。遠藤寛子代表は「朗読会で語り継ぐため、西日本豪雨をテーマにした絵本を私たちが作ろうということになった」と振り返る。

おはなしのWA♪のメンバー

絵本がない、だったら私たちが作ろう

 「おはなしのWA♪」が誕生したのは、11年の東日本大震災がきっかけだった。
 アナウンサーの経験を生かした支援ができないか-。前代表の江草聡美さんの呼びかけに、遠藤さんと阪上彰子さん、中村恵美さん、西田多江さん、渡辺ありささんが賛同し、グループが発足した。各地で絵本の朗読会を主催するほか、岡山県内の幼稚園や保育園、放課後児童クラブなどで読み聞かせ会を開き、謝礼や寄せられた浄財を福島県などの被災地に寄付してきた。
 熱心に活動を続ける中、身近な場所で思いも寄らぬ災害が発生する。18年7月の西日本豪雨だ。県内各地で起きているすさまじい被害の様子を目の当たりにし、この災害を語り継ぎ教訓にしていかなければならないとの思いが強まった。
 しかし、この先、子どもたちに伝えるため、西日本豪雨を題材とした絵本が世の中に出てくるだろうか。そんな時、水害で亡くなった兄弟犬の話をたまたま聞いた江草さんがメンバーに話したところ、「私たちが絵本を作ろう!」と、意見がまとまった。
 まだ災害の爪痕が色濃く残っており、「絵本の制作はもっと先でいいのでは」との葛藤もあった。しかし、時間がたてば記憶が薄れてしまう。発行日を豪雨発生の1年後に当たる19年7月7日に決め、手探りの絵本作りがスタート。自らも真備町地区で被災したイラストレーターの氏峯麻里さんが作画を引き受けてくれ、話が一気に進んだ。

ブラザーズドッグの表紙。チョコ(右)とミルク

兄弟犬ベースに被災エピソード盛り込む

 ストーリーは、兄弟犬の実話をベースにしている。
 真備町地区で暮らすチョコとミルクはあの日、自宅1階の上下2段式のケージにいた。繰り返し鳴くチョコの声で異変に気付いた飼い主が1階に降りると、浸水は床上まで達していたという。ケージの下段にいたミルクの体は水に浸かり、黒い鼻先が見えるだけ。間一髪助けられた2匹は、飼い主一家と屋根に避難し、約7時間後にボートで救助された。しかし、避難生活のストレスからか、わずか10日後、チョコは天国に旅立ってしまった。
 物語には2匹の他にもさまざまな動物たちが登場し、災害時のエピソードや教訓を動物目線で紹介していく。
 実際に濁流にのまれ、民家の屋根で見つかったミニチュアホースが登場。当時を思い出すと悲しくなるが、話をすることで気分が上向いていく。
 パグ犬は、次に水害に遭った時に高いところへ逃げられるよう、木登りの練習を繰り返す。
 そして、ラストシーン。天国に帰るチョコがミルクに言葉を掛ける。「笑っていれば心は晴れてくる。雨のち晴れ、だからな……」。壁にぶつかっても前へ進む心の強さを持ってほしい-。そんなメッセージが込められている。
 この物語がまとまるまで、メンバーで何度も話し合った。当初、チョコの死は最後に記す構成だったが、それだと子どもがショックを受けると編集者からアドバイスがあり、最初に明かすように修正した。朗読時間も考慮に入れ、15分強で読み切れる分量に仕上げた。
 絵本は2000冊を作製。県内の小学校に配布したほか、小学校や朗読会で読み聞かせを続けている。

絵本の制作について話し合うメンバー

テーマソングに作詞、決意新たに

 絵本は2023年7月、歌になった。
 メロディーは、この絵本のテーマソングとして、19年にピアニストのMAKIさん=玉野市出身=が作曲した「おはよー心は雨のち晴れ」。それに歌詞を付けるため、22年夏、県内の中学生以下から絵本の感想文を募集。そこで多く寄せられた「乗り越える勇気」「未来につなぐ」といった言葉を紡いで仕上げた。
 歌は7月2日、岡山市内で開かれた発表会で、コーラスグループ「うたたね」が披露した。ホールを包む伸びやかな歌声。「あの記憶をこれからも語り継ぎたい」という決意が、約180人の聴衆の胸に響いた。
 歌詞と譜面は誰でも自由に使えるように、グループのホームページで公開する。

岡山たからもん
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